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ほんですぐ迎えに行くわ【後編】
4.別の顔
「おい」
「へえ」
「次の角で曲がれぇや」
「……へぇ」
運転手の舎弟は不思議そうにしながら、後部座席に深く腰掛ける男の指示に従った。変に聞き返すなどとしても理由をわざわざ教えることは無いし、なんなら鉄拳制裁の躾が待っていることが十分に分かっている。元より、彼らの世界はそういう世界だ。親がクロと言ったらクロ。従うほかにない。
直前の左折にも拘わらず、後ろの車は真島の読み通り曲がってきた。間違いない。尾【つ】けられている。真島は確信した。
彼女とのあのバーで会うようになってからは一度も無かったことであるが、
大方、定期的に調べている真島の行動との違いを見て探りを入れたのだろう。
確かに彼女に出会うまであのバーに行くことはほとんどなかったので、行動範囲が変わったところで東城会幹部の首を狙うモノとしては当【あたり】をつけたいといったところだろうか。
敢えて神室町近辺で会っていなかったというのに、真島の想定より幾分か早くその時が来たことに溜息を吐いた。
「人気者っちゅうんはつらいのぅ」
ここらで停めと続け、5分で戻ると伝え車を降り、人気のない通りに誘導する。尾行相手は警戒し距離を取りながらも、一瞬真島を見失って焦ったように走り出した途端のところを捕らえて路地裏に引き込む。
「代紋ぶら下げてワシの後ぉ尾けるなんぞ舐めた真似しとるのぉ?」
廃墟ビルの壁にダン!とすらりと長い足を思い切り蹴り上げるながら見開いた隻眼を見せつけるように顔を近づけ、嗤った。
「西田にこの組ン事全部調べるよぉ伝えとけ。今夜中にカタつけるで」
迎えに来た車に乗り込みながら彼女と接しているときと全く違ったトーンの低い声で舎弟へ言いつけた。
* * * * * *
今日の真島さんはいつもより少し遅くにバーに現れた。
いつも飄々としているけど、今日はほんの少しだけ殺気立っているような気がしてどんな仕事をしていたのかを想像すると少し怖かった。私と接するときは優しいけれどその姿が全てではなくて、勿論それを知る機会も必要もない。けれど、知りたいと思う自分が間違いなく居て、戸惑う。最初は関わりたくないと思っていたのに。
「あ、それ」
今日もいつもと変わらずウイスキーのロックを傍らに置いて指遊びしている真島さんの手元を見ると、私が制作に携わった商品を持っていた。
「よぉ気付いたのぅ」
「そりゃあ自分の商品ですし」
「よぉ手ェに馴染むし、なかなかエエもんやな」
「分かりますか!」
「どんなモンでも拘って一生懸命にやった仕事っちゅーのは、見ればわかるモンや」
それなりに苦労して改良を重ねているので、それを褒められると素直に嬉しくなる。嬉々として真島さんを見つめていると、ニヤリと意地悪く笑った。
「どや、ちょっとは惚れたかのぉ?」
「今のその一言で台無しになりました」
ヒヒッ、とまた笑いながら真島さんは携帯の画面をちらりと一瞥した。
「振られてしもたし、そろそろ帰るとするかのぅ」
様子を見る限り、お仕事なのだろう。時間関係なくあるのだろう大変なお仕事だ。そういえば以前に肩書きがあって情報を狙われると言っていたし、同僚もテレビで見たことがあるらしいので私が思っているよりかなり偉い立場の人なのかもしれない。そう考えながら見送った。
惚れただの俺の女になるかだのは、ついこの間までは冗談半分での会話だった。ついぞそれでは済まなくなってきていることは真島も自覚していた。
最初は関わりたくないというのを隠さずびくびくとしながら自分に接していたのに、いつの間にか絆されて自分に臆することなく話すようになったところも、仕事熱心なところも好ましく思っている。そもそも声をかけたのは好みだったこともあるのだ。そうでなければ相手の出方を伺うのでも良かったのだから。そういう意味では最初から惹かれていたとも言える。
「今更、手放すこともできんしのぉ……」
ミレニアムタワーの屋上で西田の調査を待ちながら紫煙を薄く吐き出し、一人小さくごちた。考え事をひとりここでするのはよくあることであるが。
「覚悟、決めな」
革靴を地面に擦って火を消す。その瞳は腹を決めた強い意志を存分に含んでいた。
「誰ぇのことを尾け回っとったんか、分かりませんてこたぁないよな?」
よほどの覚悟でやったんやろなぁ?と続け、容赦ない蹴りが椅子を吹き飛ばし、舞う。
「容赦せえへんでぇ?」
男の野太い悲鳴が組事務所にこだましていた。
真島を狙ったその組は一夜のうちに壊滅し、その筋の界隈で瞬く間に広まった。彼の力を知っている者は、よりもよって真島吾朗に手を出すかという呆れる声をあげて、知らないものにはやはり間違いなかったとその力を云わしめる結果となった。
5.モヤモヤと逃走劇、そして確保
「珍しいのう」
「え?」
「カクテル飲んでることが多いやろ?」
彼が視線を向けた先、私の手元にあるのはロックグラスだ。いつもこれを手にして度の強いウィスキーやらなんやらを飲んでいる真島さんに憧れて、飲みやすいものをバーテンのお兄さんにこっそり教えてもらったのは内緒にしたいところではある。
「真島さんはいつもロックで飲んでますよね」
「まぁ、中身はちゃうこともあるけどな」
例に漏れることなく真島さんの前に置かれたのはロックグラスである。大きな手で覆われ、琥珀色が傾くのを見ていると、テーブルの上に何気なく置かれていた携帯が着信を知らせた。それを手に取って視線で私に断りを入れ、席を立っていった真島さんを見送った私は上手く笑えていただろうか。
光るディスプレイを反射で見てしまった。そこには、女の子の名前が表示されていた。
真島さんが何かをはっきりと言ったわけじゃない。彼女なのか仕事関係なのか。その筋の人の仕事関係の女性ってなんだろう。夜のお仕事の方とかかな。
誰であろうと私には関係ないことで、真島さんの自由で。私が何か思う関係性でもないのに、こんなに気になってる。こんな気持ちになることが何故かと考えるまでも無く嫌になるほど自覚した。
あの大きな掌で私の知らない誰かに触れるのか。そう考えたら叫びだしたくなるくらい嫌で。
「なんや景気の悪そな顔して。わしが居らんくて寂しかったんか?」
思ったより戻ってくるのが早かったことに安堵しつつ、意地悪く笑っている彼に返した。
「思ったよりこのウィスキーが苦くて。私には早かったみたいです」
そう言うと、少し間をあけたのち、真島さんは私の手元にあったグラスを掴んで中身を一気に煽った。私にとっては苦さもそうだけどなかなかアルコールがきつかった。けれど、彼は何ともないようだ。
「無理せんでいつもの頼んだらどや? 俺が奢ったるでぇ」
「……、ふふ。ありがとうございます。じゃあ遠慮なく」
大丈夫。まだ育つ前だから間に合う。
間に合わなくなる前に、断ち切らなければいけない。
* * * * *
数か月前のあの夜を最後に例のバーには行っていない。元々頻度も多くは無かったし、自分が行くことも一度も連絡をしたことは無かったから真島さんはまだ気づいていないかもしれないけど。というよりも、もともとが今までだって彼の気まぐれである。私が来た時に店員さんに連絡させていただけで、連絡が来ないからって何も気にしていない可能性だってある。
やり場のない思いを鎮火させるように、クッションを思い切り抱きしめながら自室のベッドの上で左右にゴロゴロと身を振っていると着信音が鳴った。
こんな時に誰からだとサブディスプレイを確認すれば、今の今まで考えていた彼からだった。
少し前に連絡先は交換したけれど今まで互いにそれを使うことは無かったのに。
何を思って電話をしてくれているのか、少しは私のことを気にしてくれているのかな。
暫く鳴り続けたのちに、着信中の表示は不在着信1件の表示へ変わっていた。
反射で出なくって良かったと思うのはこれが初めてかもしれないと安堵していたところに今度はメールの受信音が鳴る。差出人は電話と同じ、彼だ。中身を見たい気持ちもあるけれど、見てしまったら何かが変わってしまう気がして開けなかった。
その翌日。
「よお」
「まっ…………、じまさん」
仕事を終え、会社のエントランスを出たところで聞き覚えのある声が聞こえ、振り返った先のその表情はにこやかではあるけれど、隠し切れない怒りを感じてとてつもなく怖い。
「き、奇遇ですね。私の会社にお知り合いが……?」
「んな訳あるかい。何をすっとぼけた事抜かしとんねん。お前を待っとったに決まっとるやろが」
「わたし、ですか」
自分の会社を教えた覚えはないけど自社製品の話をしているので知っていること自体は不思議ではないが、まさか突撃してくるとは夢にも思っていなかった。
「そや」
「私これから用事が……」
「ほう、どこへや?送ってったるで?」
「い、いや、真島さんのお手を煩わせるまでもないっていうか」
「遠慮すなや。ほんで終わるまで待っとるから終わったら声かけえ。連絡しろ言うてもせんし、電話もメールも繋がらへんもんなぁ?」
思い当たることがありすぎて怖い。直接的には何も言われてないけど皮肉交じりに糾弾されている。そしてヤクザの圧、すさまじい。おそるべしである。
「黙っとらんでなんか言うたらどうや。言い訳の一つや二つないんかい」
「……言い訳したら、許してくれるんですか」
「さあな。試してみたらええんちゃうんか」
「……ちょっと、ここのところ忙しくて」
「へったくそな理由やなぁ。組のモンが言っとったらぶっ叩いとるとこやで」
すっごい理不尽。
「逃げよう思っとったかもしれへんけど、生憎やが俺は離さへんと決めた後や。悪いのう」
「へ…………?」
「へもクソもあらへん。色々整理やら準備やらしとったところで勝手に逃げおって」
「じゅんび……」
「あんなぁ、何とも思っとらんカタギの女にわざわざ構ったりせんわ」
困惑する中で、一つ一つの情報を整理していって彼の気持ちに思い当たる。その眼差しがとてもやさしくて少し拗ねて照れたように見えたから。
「とにかく今後は無視は一切なしや。牽制はようさんしとるが考えなしのアホに攫われるちゅうことも十分あるからのう」
「そんなアホが現れたときは?」
「自分から死にに行くなんざアホやのぉ!って笑って待っとれ。ほんですぐに迎えに行くわ」
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ほんですぐ迎えに行くわ【前編】
1.飲み友達
「あちゃ~、ホント治安悪いですよね神室町って」
取引先の訪問を終え帰社の途中、隣に並んでいた同僚の視線の先は新宿の雑踏の中の繫華街で、そこに目を向けると絡まれている若い女性とチンピラの姿が見えた。ああいうのって本当に存在するんだ。
なんにせよ関わらない方が身のためだとすぐさま視線を前に戻す。
「げ」
今度は何だと視線をまた向けると上裸で蛇皮のジャケットを羽織った長身の男が現れていた。タイトなエナメルのボトムスで足元はいかにもって感じの革靴が遠めに光って見えた。遠巻きで見てもオーラのようなものが感じられる。
「あれって東城会の幹部の人だよ」
「東城会?」
「知らないんですか?関東最大勢力の極道組織」
「あー、名前はなんとなく聞いたことあるかも」
詳しくは知らないけどたまにニュースになっていたりするなぁ程度の知識。
「それにしても派手な格好ですね」
「眼帯でパイソンのジャケットって都市伝説みたいなもんって思ってたけどまさかホントとはなぁ」
その言葉通り、そもそも独特過ぎるファッションを着こなしているだけで相当なものだし
ましてやヤクザのお偉いさんがあんな派手な身なりでこんな風に街をうろついていることもあるんだななんてぼんやりと思った。ヤクザの偉い人ってスーツをびっしり着込んでるイメージだったから、かなり意外だった。あくまでリアルの世界でお目にかかることはないのでテレビドラマでたまに出てくるもののあくまでイメージでしかないけど。
絡んでいたチンピラは隻眼の男に何度も頭を下げて一目散に去っていき、助けられた女性も同様だった。意味合いは違うものだろうけれど。
「でもあの人、助けたように見えるけど」
「下っ端に絡ませて、自分が助けたように恩を売ってさらにふっかけたり、いいようにしてるんじゃないですか」
「え、そんな意地汚いことするの」
「ヤクザなんてそんなもんじゃないですか」
なるほど。確かにそういう世界かもしれない。
「まぁ何はともあれ関わらない方が身のためですよね。ささっと帰りましょう」
はてさてなぜ私がそんな出来事を回顧したかというと、六本木のバーでその派手で特徴的なジャケットをまた目撃したからである。
こういうバーでも同じ格好するんだと驚愕しつつあまり視線を向けないように注意して、ひとりカクテルを楽しむことにした。
ここに来るようになってからお酒の種類は覚えていて、気分や飲みたい味で選べるようになっていた。
今日はフレッシュな柑橘と、苦味も欲しいと思い、ソルクバーノを頼んだ。グレープフルーツの爽やかな香りを楽しみながら、やっぱり何となく気になってしまって視線を戻してしまった。
彼はどうやら一人のようで、同じくカウンター席ではあるが私の席から少し離れたところでロックグラスを煽っていた。ジャケットから覗く腹の腹筋はすさまじく、胸筋も然りで鍛えられているということが分かるのに、大柄とは違っており、すらっとしていて、腰も細い。今のアンニュイな表情も相まってなんだか婀娜っぽい。
あまりにも目を引くところが多く見過ぎでしまっていたのを自覚し、視線を外そうと思ったその瞬間、目が合ってしまった。
「なんや、姉ちゃんえらいぺっぴんさんやのぅ。俺の女にならんか?」
脳内処理を行う。まず初対面だし普通に考えればナンパなのだろうけど相手はどう見てもそのスジの人で、そんな人の意向を汲まないとなるとどうなるものか分かったものじゃない。だけど、ヤクザの女になるのも無論愛人もごめんだし、でも断る勇気もないしどうしたら。
「どやねん?えぇ?」
「……の、」
「あぁん?」
「……飲み友達からでよければ」
「ヒヒッ、姉ちゃんなかなかおもろいやないかい。よっしゃ、それでええで」
早速飲もか、と続けた男にどうしてこんなことを言ってしまったのだろうと後悔しても時すでに遅しだった。
どうしてこんなことに。
いや、はっきりと断れなかった自分のせいなのだけれども。
「なるほどなぁ、地元から一念発起して上京してきたっちゅーことか」
何故私は明らかにその筋であろうこの男の人と身の上話をしているのだろうか。答えは簡単。自分で飲み友達になると言ったからである。嗚呼。
職業のイメージ的に天上天下唯我独尊、俺を楽しませろというようなスタンスだと想像していた。しかし実際は聞き上手な真島さんは時折質問を交えてあれこれと話を広げていく。
「立派なモンや。そんでやりたい仕事は出来てるんか?」
「最初から希望の部署に配属されることの方が稀なので」
「下積みっちゅーヤツやな」
「ですです。研修という形でいろんな部署に回されてたんですけど、念願の部署に本配属になって今慣れてきたところで、製品制作にメインで携われてるって感じです」
昼間のことや真島さん自身のことはなんとなく聞けずにいた。ヤクザのお仕事なんて興味本位で首を突っ込むものでもないし知る必要のないことだと感じたから。
「よお来るんか?」
「……偶に自分へのご褒美で。月に二回か三回くらいですかね」
「ほぉ。ほんなら次に来る時連絡してくれや」
「へ?」
「『へ?』ってなんやねん。俺と"飲みトモダチ"になってくれんねやろ?」
連絡先を(強制的に)交換すると姉ちゃんの話、楽しかったでぇ、また聞かせてぇなと笑いながら去っていった。
……ヤクザってあんまり感じなかったな。上の方の人は一般人に礼儀正しく横柄な態度をとるようなことは無いと聞いたことがある。
だからと言って醸し出す雰囲気は只者では無い感じだったし、関わらない方が身のため、なのに。
2.意外と聞き上手
新宿の取引先で一悶着終えた帰り道、通りすがりに神室町の通りを覗いたらまた真島さんを見つけた。
どうやら先日目撃した時の女性だったようで、菓子折りを渡しており、「もう下手に絡まれるんやないで〜」とひらひら手を振って断っている様子だ。
同僚が言っていた更に吹っかけるということで無かったと分かってバーで話した真島さんのイメージと繋がった。
大前提として反社会的な存在であることは間違い無いのだけれども、その中でも人非道的外道も居れば信念を持っている人もいるんだろうと何となく思った。美化していない、とも言い切れないけれど。
* * *
「なんや、今日は元気無いのぅ」
真島さんに遭遇するのはもう何度目になるか。2回目のタイミングでもとより連絡するつもりは無かったけれど、「連絡せぇ言うたのにどういうこっちゃ?えぇ?」と言いながら現れ、なんでというのが顔に出ていたのか「バーテンの兄ちゃんにお前が来たら連絡するよう言うとったんや」とのこと。抜かりない。振る舞いは奔放なのにそれに相反して頭のいい人なのかもしれないと思った。
「ま、ええわ」
また連絡せんでとぼやきながら断りもなくあたかも当然に私の真隣にどかっと腰掛けた。これも恒例のこととなっている。雰囲気あるこの店で空気を読まない振る舞いが出来る真島さんに感心するしかない。
ずっとここへは一人で来ていたし、今日は殊更誰かと話す気分じゃ無かった。1人で考えたかったから。
何でも顔に出やすいという自覚はあって、『何かありました』って顔をしながら何も話さないのはあまりにも構ってちゃんになる気がして。
「仕事でちょっとありまして」
「ほおん。なんや姉ちゃん、イキイキ仕事の話しとったやないか」
「まー、当たり前ですけど楽しいことばっかりじゃないですよね」
「そらそうやな」
煙草をくわえながら伏目がちに相槌を打つ真島さんをぼんやりと見つめる。私が話し出すのを待っているのが分かる。具体的な事は話すことができないのでかい摘みながらぽつりぽつりと話した。
「つまり、上のモンのミスを自分のせいにされたっちゅー話か。シバいたれそんなん」
「真島さんならやりそうですね……それ」
「当たり前やろが!上だろうと下だろうと気に入らんモンは気に入らん」
「そんな風に生きられたらカッコいいですけどね。生憎私は普通にしか生きられません」
「当たり前のことを当たり前に出来る奴っちゅーは意外と少ないで。その上、相手のことや色んな要素を考えた上での最適解を出そうとするってこともなかなか出来るもんでもない」
人間、自分のことしか考えてない奴ばーっかりやけんのぅ。と続けた真島さんはいつになく真面目だった。
「で、どないするんや。シバいたるんか?」
「どうもしませんよ。私がやりたいことはいい製品を作ってお客様に届ける。それだけなので、誰に何をされようとめげません」
状況を分かってくれている人や味方もいますし。と続けてピースサインを向ける。
「世の中筋の通らんことばーっかりや。そないに我慢しとったら身が持たんで」
「それでも私はいつまでも嘆いて、うじうじしてるような生き方はしたくないです」
「頑張るのぉ」
呆れたように呟いて真島さんは手元のロックグラスを煽る。
「ま、あんま無理せんときぃや」
頭ぽんで煙草と香水が薫った。
誰かに吐き出すってのも悪いものじゃなかったな。
3.勘違い
「なぁ」
私が店を訪れた数十分後には真島さんが来るという異常事態にも慣れてしまった今日この頃、いつもはテンション高く話しかけてくる彼のトーンは不機嫌を隠すことなくいつになく低かった。
「はい?」
正直めちゃくちゃにおっかないけれど、こちらに危害を加えてくるようなことは無いという信頼はあったので何食わぬ顔で返した。
「お前、男おんのか」
「ぶっ……!お、おとこ?彼氏ってことですか」
「せや。ええから早く答えろや。おんのか、おらんのかどっちなんや」
「居ませんけど。なんですか、いきなり」
「ならあれは誰や」
畳み掛けるように質問ばかりしてきてこちらの疑問に答えるつもりはないらしい。しかも全く身に覚えのないことばかりなので少し困惑する。
「あれ……って、何の話ですか」
「昨日男と居たやろ」
「昨日……?あぁー、あれは」
真島さんの言葉で昨日のことを思い返す。そんなに前のことでは無いのですぐに記憶が蘇り、思い出したところで苦笑する。
「えらい楽しそうに盛り上がってたやんか」
「それはそうですよ。だってあれ、兄ですもん。私の。数日前にこっち来て一緒に夕飯たべようかーってなって。それで」
「……兄ちゃんやと?」
「そうですよ」
バツが悪くなったように黙りこんで、ロックグラスをカラカラと回して遊んだり酒を飲んだりしている。忙しい人だ。
「最近『俺の女になるかぁ?』ってめっきり言わなくなったんでそういうのもういいんだと思ってました」
「アホか。ありゃあ、本気やない」
「本気だとは最初から思ってないですよ!あいさつ代わりの冗談みたいなものですよね」
「それもちゃう」
「え、そうなんですか」
「おう。肩書見て近寄って来る輩やら女使うて情報盗ろうとする奴やらおるからのぉ」
「そういう人が居るからっていうのは分かりますけど、どうしてわざわざあんなこと言ったんですか?」
「そりゃ決まっとるやろ。俺とお近づきになりたいような奴からすりゃ餌ぶら下げられとるようなもんや。それに食いつかんかったらシロの可能性が出てくるっちゅーとこや」
確かに真島さんに目的があって近付いたのなら、そのチャンスはみすみす逃さないであろう。逆に言えば普通の人であればいかにもヤのつく自由業な身なりの真島さんを見て近付こうとしないだろう。
「なるほど。でもまだ警戒してたり、そのことに気付いて食いついてこない可能性もあると」
「せや。やのにお前ときたら連絡せえ言うたのにして来ぉへんし、顔見せる度に嫌な顔しとったろ。おかげで俺は未だにお前の連絡先も知らんのや。スパイやったら失格やろ」
真島は併せて身辺調査も済ませていることは敢えて言わなかった。
「でも、なんだかんだで真島さんと仲良くなっちゃいましたよ?」
「せやなぁ、どうしてくれようかのぅ」
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Trick or Treat
「終わったぁ……!」
今日は華金、しかも明日から三連休。さらにさらに今日はハロウィンである。
恋人である真島さんが迎えに来てくれることもあってその高揚感と仕事からの開放感も相まって、端的に言えばテンションが上がっているのだ。
「お疲れさん」
「真島さん!」
エントランスを出てキョロキョロと周囲を見渡し、愛しの人の姿を確認すると猪もびっくりなくらいの勢いで真っ直ぐ突進し胸に飛び込んだ。
今は神室町の外なのでいつもの派手さは控えめにジャケットの下にニットを着ている真島さん。いつものスタイルも好きだけどシンプルな格好も似合ってしまい、きゅうんと好きがまた積もっていく。
今日はこの後、真島さんの事務所に寄り仮装をして神室町のお店でハロウィンパーティをする予定だ。
外国のイベントなのに極道がやっていいんですかと、そのはちゃめちゃさに疑問に思って聞いてみたら、楽しむんにはそんなん関係無いやろとドヤ顔で仰っていた。
確かに。それも真島さんぽいと言えばそうだと納得した。
車まで歩きながら今日あった些細なことを話して、車に揺られ事務所に着くと客間に客間に通され用意された衣装へと着替えた。真島さんのリクエストがあるということで、私もせっかくなら真島さんが喜んでくれるものがいいのでそれ自体は良かったけれど、当日のお楽しみということで教えてくれなくてどんなのがくるだろうと内心ドキドキしていたけれど、白のタートルネックに黒のロングワンピース、所謂シスターだったので意外と普通だったと安心をして袖を通した。
テーブルの上に用意されていた鏡を拝借して、バックから化粧ポーチを取り出して、軽くメイク直しをしていると、入口のドアが開く音がした。
「普段のパシッとしたお姉チャンスタイルもええけど、これもまた違ってええのう」
丁度準備を終えた頃に現れた真島さんはトレードマークの半裸ジャケットと黒のレザースキニーパンツはそのままに口周りに血糊を付けて元々白い肌は全身更に青白くなっており、隻眼は白目を向いて血走っている。、なんだか動きもカクカクとしていて人間離れしている。
「ガチゾンビじゃ無いですか!!」
「……齧らせてぇな!」
「きゃー!!、ちょ……と、ま、っ……」
背中に腕を回され、タートルネック部分をずるりと下げられてほんとうに首筋に歯を立ててくるのでナニかが始まってしまう危険を感じ、全力で押し退けようとするがびくともしない。
真島さんはそのまま、甘噛みして軽く吸い上げて鬱血痕を残した。
「信じられない……首元まで隠れる服着ないといけないじゃないですか……」
「寒くなってきたし、丁度ええんちゃうん?」
また自分勝手なことを言う。
「ていうか普段絶対痕なんて付けないのに……」
「ガキのやることと思っとったけど、俺も年甲斐なくテンション上がっとるのかもな」
そんなことを言われてしまったら許してしまう。真島さんがご機嫌ならいいかと思ってしまう自分を容易いなと思いつつそれもそんなに悪くないなと感じる。
「でも、意外に露出は控えめだったんで良かったです」
「お前、気付いとらんのか?」
そう言って腰に回されていた真島さんの手はすんなりとスカートの中に侵入し、するりと内太ももに触れてきて思わず甘い声が漏れ出した。ヒヒヒッ、と真島さんが楽しそうに笑う。
「確かになんで脚出さないはずなのにニーハイストッキングなんだろうって思ってましたけど!」
「えっぐいスリット入ってんで」
その言葉通り普通だと思っていたシスター服はチャイナドレスくらいかという程の大胆なスリットが入っており、シスターとそぐわなすぎるだろうと頭を抱えたくなった。
「このまま抱くのもええんやけど、せっかく色々準備してきたし、お楽しみは後でやな」
「お楽しみはその言葉通りにこれからのパーティのこと、ですよね……?写真撮ったり、お菓子食べたり」
「どーかのぅ?……お前はアホやないから分かっとるよな?」
脱がすのも楽しみやなぁ、と低いセクシーな声色を耳元で囁かれる。
明日から三連休、出かける約束もしていたけれど、それでも余裕があるスケジュール。
体力が有り余る彼の欲を満たすお楽しみに早くも戦々恐々としながら、諦めて楽しむしかないと開き直った。
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St. Valentine's day
バレンタインデー。
日本では恋人にチョコレートを贈るとされている日である。
彼女の恋人である真島は、イベントごとに無頓着であったりそうでなかったりする。ゾンビ映画さながらのハロウィンをしたかと思えばクリスマスには興味がなかったり。
果たしてこの日を意識しているのかなと思うこともあったけれど、せっかくの機会であるし良いタイミングであるからと毎年贈ってはいる。
何でも喜んではくれると思うけど、どうせなら驚かせたい。
当初は美味しいチョコレートが良いと考え有名ショコラティエのお店をいくつか調べていたが、神室町で冴島に偶然遭遇した際にそのことを話すと「兄弟はそういうんやない方が意外と好きやで」というありがたい助言を頂き、確かに過去に有り合わせで作ったご飯をいたく喜んでくれていたことを思い出したのもあって手作りをすることを決めた。元々器用な方であるのでお菓子作りくらいなら問題ないだろうということも後押しした。
チョコレートだけでは普段から自分に存分に受け取りきれないほど多分に愛情を注いでくれている真島に対して思いを伝えきれない。かといって欲しいものは自分で手に入れられるだろうし、どうしたものかと思いあぐねていた。
「真島さんが喜びそうなお金で買えないもの……あ、桐生さんとの喧嘩とかですかね!」
「そういうことちゃうやろ」
ある意味正解ではあるが敢えて彼女からプレゼントするものでは無いし、寧ろ桐生へ依頼し接点を持ったことを知ればそちらの方が不服だろうことが手に取るように分かる冴島は尤もな突っ込みをした。
「難しく考える必要はない。一生懸命が考えたモンならなんだって喜ぶ」
「それはそうだとは思うんですけど……」
そんなこんなありついに迎えたXデー、もといバレンタイン当日。
平日だったので夕方から会うことを約束していた彼女は、いつも通り仕事をこなした定時退社後に神室町・ミレニアムタワー最上階の真島組事務所を訪れた。探し人はおらず、顔見知りの西田を見つけた彼女が声を掛け真島の所在を訪ねると、「親父なら屋上にいると思いますよ」ということだった。
「いや、寒っ……!」
エレベーターを使って最上階へ着いたはいいものの、なんせこの季節。一番寒い時期なことに加え、ヘリポートになっていることもあり着陸の障害となるものが無いように簡易的な柵があるだけで壁も何も無いこの空間は直に風が当たるので恐ろしく寒い。
その中で平然といつも通りの半裸ジャケット姿をキメて飄々と煙草をふかしている恋人はやっぱりかなり変わっているなと彼女は思った。
「お、もう来たんか」
「なんでわざわざこんな寒いところに……」
「こっから見る景色が好きやねん」
そう返され、彼の視線の先を見渡してみる。高層ビルの屋上であるここはどの建物よりも高くどの方向からも都内を一望でき、その一つ一つの灯りがきらきらと光る様は確かに綺麗だった。
「考え事するにはぴったりかもしれませんね」
「せやろ?」
分かっとるやないかと満足そうな男に、一度自宅の冷蔵庫から取り出してきたブツを手渡した。
「なんや、手作りか?」
紙袋の中を覗き込んだ真島は、ご丁寧にそれらしい包装紙と装飾された長方形を見ただけでそう言った。
「お、そうです。よく分かりましたねぇ」
「意外やったわ。プロが作ったモンのが絶対ええとか思ってそうやし」
「流石真島さん、私のことよく分かってますね〜。全くもってその通りの考えです」
今回はちょっと趣向を変えてみましたので開封の儀をどうぞと促された真島はラッピングを解き現れた金色の箱を開けた。
中身はボンボンショコラ。チョコの中にウイスキー、ブランデーを入れたものをそれぞれ。お酒入りばかりだと飽きるかとノーマルのチョコレートも用意した。
「ホワイトの模様のがノンアルチョコです」
「ホンマに器用やのぉ。」
「へへ、ありがとうございます。でも真島さんほどでは」
一つ摘み口に含み、おう、ウマいと呟いた後、「そんじゃワシからはこれや」と彼女に紙袋を向けた。
「ん?……なんですか?」
「貢ぎモンや」
なんともまぁ身も蓋もない言い方である。
「今日はバレンタインなのに?」
「別に男があげたらアカンちゅうルールはないやんけ」
いやそれはそうなのだけれども。
何なら海外では男性が女性にプレゼントを贈る習慣があるのでそれ自体はおかしなことでは無いが、何にしようかと考えていることに一生懸命な彼女は自分が贈ることしか頭になかったので想定外の出来事だった。
寄越されたその紙袋を改めて見ると、彼女が好きで良く愛用しているメーカーのものだ。これが好きだ、と言う話を彼女が自らしたことはないが真島は元よりの性格もあり、さらに加えて彼女のことは他の誰よりもよく見ているためよく把握していた。
「こういうの好きやろ?」
「……ほんとに、真島さんはすごいなぁ」
その言葉の通り、丁寧にラッピングされた包みを開け出てきたそれは色合いやデザインどれをとっても自分好みのもので本当に驚かされる。
心から自分が先に渡しておいて良かったと思った。
真島を驚かせたかったのだが、彼女は真島からいつも与えてもらってばっかりで、と本気で思っていてそれを強めることになった。
「かわいすぎます!めちゃくちゃ嬉しいです!」
「それだけやないで」
「えぇ!」
これ以上何かあるというのかと驚愕するにヒヒ、と不敵に笑う真島。
「私チョコレートしか用意できてませんよ?」
「返しが欲しくてやってる訳やないからのお」
言うなれば真島にとって彼女は甘やかしたくて、何かしてやりたくてしょうがない存在なのだ。そこに何か打算や目論見などはない。
与えられてばかりで真島のそれは過剰だと彼女は思っているけれど、若いうちから壮絶な経験してきた彼は与えられることに慣れていなかった。彼女と出会い、少しずつ自身へ与えられることに戸惑いつつも受け入れ、真島から彼女にそれをより返していきたいということからであったが、一般的な物指しで言えば真島のそれはあまりにも大きすぎるのである。
徐にいつものジャケットから真島が取り出したものは青の小ぶりなビロードケース。
「そろそろ結婚しよか」
開いたその中にあるのはキラキラと輝きを放つ大きく銀色の石が埋め込まれた、永遠に彼のものとなることを誓う指輪。
「……なんで泣くねん」
「うぅ……だ、……ってぇ〜」
真島は困ったように眉を下げながらわしゃわしゃと雑に彼女の頭をかき混ぜた。
「いたいぃ〜」
「そんな強くしとらんやろ」
真島は結婚することを望んでいない。彼の置かれた立場を考えれば当たり前のことだと。ずっと、そう思っていた。優しくいつも確かな愛情を与えられていた。側に居るだけで、置いてくれるだけでそれで充分だと本気でそう思っていた。
涙が出たのは痛いからじゃない。
「も、いつから……考えてたんですか……!」
「どうなんかのぉ~」
それよか早く返事聞かせろや、と絶対に答えが分かっていると分かる、不敵な笑みを見せて言うのだ。
「一応、私の家の合鍵を用意してたんですけど飛び越えていきましたね…真島さん」
「それはそれで貰とくけども、すぐいらんくなるで」
「ど、同棲……!?」
「珍しく察しがええやないか。結婚するんやからそう言うんかは知らんけどな」
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