Trick or Treat



「終わったぁ……!」
今日は華金、しかも明日から三連休。さらにさらに今日はハロウィンである。
恋人である真島さんが迎えに来てくれることもあってその高揚感と仕事からの開放感も相まって、端的に言えばテンションが上がっているのだ。

「お疲れさん」
「真島さん!」

エントランスを出てキョロキョロと周囲を見渡し、愛しの人の姿を確認すると猪もびっくりなくらいの勢いで真っ直ぐ突進し胸に飛び込んだ。

今は神室町の外なのでいつもの派手さは控えめにジャケットの下にニットを着ている真島さん。いつものスタイルも好きだけどシンプルな格好も似合ってしまい、きゅうんと好きがまた積もっていく。

今日はこの後、真島さんの事務所に寄り仮装をして神室町のお店でハロウィンパーティをする予定だ。
外国のイベントなのに極道がやっていいんですかと、そのはちゃめちゃさに疑問に思って聞いてみたら、楽しむんにはそんなん関係無いやろとドヤ顔で仰っていた。
確かに。それも真島さんぽいと言えばそうだと納得した。

車まで歩きながら今日あった些細なことを話して、車に揺られ事務所に着くと客間に客間に通され用意された衣装へと着替えた。真島さんのリクエストがあるということで、私もせっかくなら真島さんが喜んでくれるものがいいのでそれ自体は良かったけれど、当日のお楽しみということで教えてくれなくてどんなのがくるだろうと内心ドキドキしていたけれど、白のタートルネックに黒のロングワンピース、所謂シスターだったので意外と普通だったと安心をして袖を通した。
テーブルの上に用意されていた鏡を拝借して、バックから化粧ポーチを取り出して、軽くメイク直しをしていると、入口のドアが開く音がした。

「普段のパシッとしたお姉チャンスタイルもええけど、これもまた違ってええのう」

丁度準備を終えた頃に現れた真島さんはトレードマークの半裸ジャケットと黒のレザースキニーパンツはそのままに口周りに血糊を付けて元々白い肌は全身更に青白くなっており、隻眼は白目を向いて血走っている。、なんだか動きもカクカクとしていて人間離れしている。
「ガチゾンビじゃ無いですか!!」
「……齧らせてぇな!」
「きゃー!!、ちょ……と、ま、っ……」
背中に腕を回され、タートルネック部分をずるりと下げられてほんとうに首筋に歯を立ててくるのでナニかが始まってしまう危険を感じ、全力で押し退けようとするがびくともしない。
真島さんはそのまま、甘噛みして軽く吸い上げて鬱血痕を残した。
「信じられない……首元まで隠れる服着ないといけないじゃないですか……」
「寒くなってきたし、丁度ええんちゃうん?」
また自分勝手なことを言う。
「ていうか普段絶対痕なんて付けないのに……」
「ガキのやることと思っとったけど、俺も年甲斐なくテンション上がっとるのかもな」
そんなことを言われてしまったら許してしまう。真島さんがご機嫌ならいいかと思ってしまう自分を容易いなと思いつつそれもそんなに悪くないなと感じる。

「でも、意外に露出は控えめだったんで良かったです」
「お前、気付いとらんのか?」
そう言って腰に回されていた真島さんの手はすんなりとスカートの中に侵入し、するりと内太ももに触れてきて思わず甘い声が漏れ出した。ヒヒヒッ、と真島さんが楽しそうに笑う。

「確かになんで脚出さないはずなのにニーハイストッキングなんだろうって思ってましたけど!」
「えっぐいスリット入ってんで」
その言葉通り普通だと思っていたシスター服はチャイナドレスくらいかという程の大胆なスリットが入っており、シスターとそぐわなすぎるだろうと頭を抱えたくなった。

「このまま抱くのもええんやけど、せっかく色々準備してきたし、お楽しみは後でやな」
「お楽しみはその言葉通りにこれからのパーティのこと、ですよね……?写真撮ったり、お菓子食べたり」
「どーかのぅ?……お前はアホやないから分かっとるよな?」

脱がすのも楽しみやなぁ、と低いセクシーな声色を耳元で囁かれる。
明日から三連休、出かける約束もしていたけれど、それでも余裕があるスケジュール。
体力が有り余る彼の欲を満たすお楽しみに早くも戦々恐々としながら、諦めて楽しむしかないと開き直った。

St. Valentine's day


バレンタインデー。
日本では恋人にチョコレートを贈るとされている日である。
彼女の恋人である真島は、イベントごとに無頓着であったりそうでなかったりする。ゾンビ映画さながらのハロウィンをしたかと思えばクリスマスには興味がなかったり。
果たしてこの日を意識しているのかなと思うこともあったけれど、せっかくの機会であるし良いタイミングであるからと毎年贈ってはいる。
何でも喜んではくれると思うけど、どうせなら驚かせたい。
当初は美味しいチョコレートが良いと考え有名ショコラティエのお店をいくつか調べていたが、神室町で冴島に偶然遭遇した際にそのことを話すと「兄弟はそういうんやない方が意外と好きやで」というありがたい助言を頂き、確かに過去に有り合わせで作ったご飯をいたく喜んでくれていたことを思い出したのもあって手作りをすることを決めた。元々器用な方であるのでお菓子作りくらいなら問題ないだろうということも後押しした。

チョコレートだけでは普段から自分に存分に受け取りきれないほど多分に愛情を注いでくれている真島に対して思いを伝えきれない。かといって欲しいものは自分で手に入れられるだろうし、どうしたものかと思いあぐねていた。

「真島さんが喜びそうなお金で買えないもの……あ、桐生さんとの喧嘩とかですかね!」
「そういうことちゃうやろ」
ある意味正解ではあるが敢えて彼女からプレゼントするものでは無いし、寧ろ桐生へ依頼し接点を持ったことを知ればそちらの方が不服だろうことが手に取るように分かる冴島は尤もな突っ込みをした。

「難しく考える必要はない。一生懸命が考えたモンならなんだって喜ぶ」
「それはそうだとは思うんですけど……」


そんなこんなありついに迎えたXデー、もといバレンタイン当日。
平日だったので夕方から会うことを約束していた彼女は、いつも通り仕事をこなした定時退社後に神室町・ミレニアムタワー最上階の真島組事務所を訪れた。探し人はおらず、顔見知りの西田を見つけた彼女が声を掛け真島の所在を訪ねると、「親父なら屋上にいると思いますよ」ということだった。

「いや、寒っ……!」
エレベーターを使って最上階へ着いたはいいものの、なんせこの季節。一番寒い時期なことに加え、ヘリポートになっていることもあり着陸の障害となるものが無いように簡易的な柵があるだけで壁も何も無いこの空間は直に風が当たるので恐ろしく寒い。
その中で平然といつも通りの半裸ジャケット姿をキメて飄々と煙草をふかしている恋人はやっぱりかなり変わっているなと彼女は思った。

「お、もう来たんか」
「なんでわざわざこんな寒いところに……」
「こっから見る景色が好きやねん」
そう返され、彼の視線の先を見渡してみる。高層ビルの屋上であるここはどの建物よりも高くどの方向からも都内を一望でき、その一つ一つの灯りがきらきらと光る様は確かに綺麗だった。

「考え事するにはぴったりかもしれませんね」
「せやろ?」
分かっとるやないかと満足そうな男に、一度自宅の冷蔵庫から取り出してきたブツを手渡した。

「なんや、手作りか?」
紙袋の中を覗き込んだ真島は、ご丁寧にそれらしい包装紙と装飾された長方形を見ただけでそう言った。
「お、そうです。よく分かりましたねぇ」
「意外やったわ。プロが作ったモンのが絶対ええとか思ってそうやし」
「流石真島さん、私のことよく分かってますね〜。全くもってその通りの考えです」
今回はちょっと趣向を変えてみましたので開封の儀をどうぞと促された真島はラッピングを解き現れた金色の箱を開けた。
中身はボンボンショコラ。チョコの中にウイスキー、ブランデーを入れたものをそれぞれ。お酒入りばかりだと飽きるかとノーマルのチョコレートも用意した。

「ホワイトの模様のがノンアルチョコです」
「ホンマに器用やのぉ。」
「へへ、ありがとうございます。でも真島さんほどでは」
一つ摘み口に含み、おう、ウマいと呟いた後、「そんじゃワシからはこれや」と彼女に紙袋を向けた。
「ん?……なんですか?」
「貢ぎモンや」
なんともまぁ身も蓋もない言い方である。
「今日はバレンタインなのに?」
「別に男があげたらアカンちゅうルールはないやんけ」
いやそれはそうなのだけれども。
何なら海外では男性が女性にプレゼントを贈る習慣があるのでそれ自体はおかしなことでは無いが、何にしようかと考えていることに一生懸命な彼女は自分が贈ることしか頭になかったので想定外の出来事だった。
寄越されたその紙袋を改めて見ると、彼女が好きで良く愛用しているメーカーのものだ。これが好きだ、と言う話を彼女が自らしたことはないが真島は元よりの性格もあり、さらに加えて彼女のことは他の誰よりもよく見ているためよく把握していた。
「こういうの好きやろ?」
「……ほんとに、真島さんはすごいなぁ」
その言葉の通り、丁寧にラッピングされた包みを開け出てきたそれは色合いやデザインどれをとっても自分好みのもので本当に驚かされる。
心から自分が先に渡しておいて良かったと思った。
真島を驚かせたかったのだが、彼女は真島からいつも与えてもらってばっかりで、と本気で思っていてそれを強めることになった。

「かわいすぎます!めちゃくちゃ嬉しいです!」
「それだけやないで」
「えぇ!」
これ以上何かあるというのかと驚愕するにヒヒ、と不敵に笑う真島。
「私チョコレートしか用意できてませんよ?」
「返しが欲しくてやってる訳やないからのお」
言うなれば真島にとって彼女は甘やかしたくて、何かしてやりたくてしょうがない存在なのだ。そこに何か打算や目論見などはない。
与えられてばかりで真島のそれは過剰だと彼女は思っているけれど、若いうちから壮絶な経験してきた彼は与えられることに慣れていなかった。彼女と出会い、少しずつ自身へ与えられることに戸惑いつつも受け入れ、真島から彼女にそれをより返していきたいということからであったが、一般的な物指しで言えば真島のそれはあまりにも大きすぎるのである。

徐にいつものジャケットから真島が取り出したものは青の小ぶりなビロードケース。
「そろそろ結婚しよか」
開いたその中にあるのはキラキラと輝きを放つ大きく銀色の石が埋め込まれた、永遠に彼のものとなることを誓う指輪。
「……なんで泣くねん」
「うぅ……だ、……ってぇ〜」
真島は困ったように眉を下げながらわしゃわしゃと雑に彼女の頭をかき混ぜた。
「いたいぃ〜」
「そんな強くしとらんやろ」
真島は結婚することを望んでいない。彼の置かれた立場を考えれば当たり前のことだと。ずっと、そう思っていた。優しくいつも確かな愛情を与えられていた。側に居るだけで、置いてくれるだけでそれで充分だと本気でそう思っていた。
涙が出たのは痛いからじゃない。
「も、いつから……考えてたんですか……!」
「どうなんかのぉ~」
それよか早く返事聞かせろや、と絶対に答えが分かっていると分かる、不敵な笑みを見せて言うのだ。





「一応、私の家の合鍵を用意してたんですけど飛び越えていきましたね…真島さん」
「それはそれで貰とくけども、すぐいらんくなるで」
「ど、同棲……!?」
「珍しく察しがええやないか。結婚するんやからそう言うんかは知らんけどな」